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2009年4月18日土曜日

裏の狙いは勤務医の人事権を握っている医局を弱体化させ、勤務医の人事権を厚労省が握るという政策です。おそらくですが、満ち足りている医師は医局と言う装置がないと勤務病院を探すのに悲鳴を上げるはずだの計算





ほんの2年前まで厚生労働大臣だけではなく総理大臣まで力説していた医師の偏在ですが、私は無かったと考えています。2年前になると自信はありませんが、少なくとも新研修医制度施行前は無かったと言っても良いと考えます。無かったは本当は適切な表現ではなくて、実際のところは都道府県レベルでも偏在はあり、市町村レベルでも偏在はありましたが、偏在が原因による不足感は無かったと言ってよいと思います。
不足感はどの病院にもありましたが、これは程度に差こそあれ全国共通の現象であり、どこも均等に不足感があり、勤務医はどこに勤務しても同じような不足感を感じていましたから、さして不満も感じず働いていたと考えます。それ以外にも要素はありますが、かつては、
どの病院もほぼ均等に医師が不足していた
ここで都道府県格差をなぜ感じなかったかですが、ほぼ全国を支配していた医局人事のためだと考えます。医局の支配権が圧倒的であった頃には、勤務医を行なうというのはイコールで医局人事に従うでありました。当然といえば当然ですが、勤務医は医局の派遣病院間を異動するだけになり、派遣病院の医師数は医局がそこそこ均等にしますから、どこに勤務しても均等の不足感を味わう寸法です。まったく均等でなくとも許容範囲内の格差といえばよいでしょうか。
人間は足りないことより、差がつくことのほうが敏感ですから、どこに勤務しても同じように医師不足感を感じれば、病院の勤務医の仕事はこんなものだと思い込むものですし、どこも同じなら案外不満は出ないものです。医局人事の功罪自体は長くなるので深くは触れませんが、医師の均等配置に関しては、医師個人の意志を押し潰すという負の面と引き換えに保っていただけではなく、医師個人にも不足感を感じさせないでいたと言えるかも知れません。
このマジックにより勤務医からさして不満が出ていなかったのですが、不満が出ないことを「満ち足りている」と誤認したところがあります。OECD諸国で最低レベルの医師数で、日本は一級の医療レベルと、低価格の医療費、そして世界でもダントツのアクセスの良さを達成したと誤認していたところです。少しでも頭を使えば分かることですが、クオリティ、コスト、アクセスが並立するはずもなく、並立したように見えたのは「世間知らず」の勤務医が猛烈に働いて支えていただけのことです。
その証拠にクオリティ、コスト、アクセスの並立と言う世界医療の奇跡が起こった医療体制ですから、これを参考にして導入したいという国があっても良いはずですが、どこも参考にすらしていません。そんなカラクリがあるにも関らず、医師は満ち足りているし、誰も不満を言わず余裕綽々で仕事を行なっているとし、足りないどころか余ることをひたすら心配していた状態が日本でした。
この誤認が頂点に達したのが新研修医制度の導入かと考えています。この制度には表の狙いと裏の狙いがあるのですが、裏の狙いは勤務医の人事権を握っている医局を弱体化させ、勤務医の人事権を厚労省が握るという政策です。おそらくですが、満ち足りている医師は医局と言う装置がないと勤務病院を探すのに悲鳴を上げるはずだの計算だったかと思います。新小児科医のつぶやき (via reservoir) (via otsune)
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