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2009年1月8日木曜日

下衆の勘ぐりには延長があって、女を捨てた男を私は認めない/糸井シゲサト・村上ハルキ・吉本リュウメイ




その前に率直に言うと、私は糸井重里という人にアンビバレンツがある。こっそりいうが私は萬流コピー塾に投稿して一点掲載されたことがある。自分にはコピーの才能はないなという確認で終わったが、逆にその過程で、糸井さんの才能というものを深く理解した。また彼の前妻はクリスチャンで当時の彼は、嫁さんがクリスチャンであることはどういうことなのか考えていたようだったのも関心を寄せていた。 私は、他者を見るとき、その人がどのような恋愛的な情熱と罪を意識を隠蔽して生きているのかとつい考える、つまり下衆であるのだが。当時、糸井重里が村上春樹と気楽な共著を書いているとき、糸井さんは村上夫妻に、あれは夫婦っていう関係と違うなという感想をしゃらっと洩らしていた。あるいは彼の前妻がそう言ったのかもしれない。で、村上春樹のほうも似たようなことを言っていたように記憶するのだが、このあたりの本、吉本の著作を含めてぜーんぶふててしまったのでよくわからん。 下衆の勘ぐりには延長があって、女を捨てた男を私は認めない、というのがある。小泉元首相が出て、世の中が熱狂していたときも、私は、こんな、女を捨てる男をオレは信じないねというのはあった。実は今でもそう思っているが逆に受け止められるふうはある、どうでもいいが。ほいで、糸井さんの離婚・再婚でもそう思った。下衆の勘ぐりは続くもので、その後も通販生活のエッセイでご夫妻の様子をじっと見続けていた。これについては、私も年を取ったのでいろいろ思いが変わった。率直にいうと、糸井さんは糸井さんなりに、なんつうか若い日の思いは思いとして受け止めているんだろうし、そこに自分があまり関心がもてなくなった。下衆度が少し減ったのか。
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